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    「ふうん。気楽な身分だね」

    「今、あんたの便をしらべてみたがね」

    「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」

    そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、

    「もはやお膳も据ゑていたゞきましたし、これで十分頂戴いたしたも同然でありますから、甚だ失礼ながらお先きに御免を蒙ります」

    房一はまだ考へ深さうにしていた。

    それからしばらくの間、房一は来る人ごとに、会ふ人ごとに、見舞の言葉を云はれた。彼等は房一の紅黒い顔をまじまじと眺め、そこにその晩の出来事のかけらでも見つけられでもするかのやうに、又何かしら話をひき出さうとし、同情し、感嘆した。そして、きまつたやうにつけ加へた。

    「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――

    神経質な目ばたきをしながら、練吉は口早に引きとつて云つた。

    「ねえ。――はやく。――患者ですわ」

    とてもそんなことは!といふ風に房一は答へた。

    房一は擽くすぐつたさうな顔をしていた。

    好い座敷には床の間、ちがい棚は設けてあるが、チャブ台もなければ、机もない。茶箪笥や茶道具なども備えつけていないのが多い。近来はどこの温泉旅館にも机、硯すずり、書翰箋しょかんせん、封筒、電報用紙のたぐいは備えつけてあるが、そんなものは一切ない。

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