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「やつぱり、あんただつた」
その直造の耳には、次のやうな言葉が響いて来た。
「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」
「ふむ。悧巧者だな、お前は」
男は語尾に力を入れて、房一の眼の中をのぞきこんだ。
房一は前の方を向いたまゝだつた。
読経どきやうはまだ始まらなかつた。
房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。
「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」
「さうですか、さうですか。それは、いや、ごていねいなことで」
房一が法事に行くので夕食の支度も別にいらなかつた。手持無沙汰のまゝ、盛子はぼんやり居間の縁側に腰を下して庭先を眺めた。前には築地塀がほの黒く横切つていた。そして葉の落ちた無花果いちじくの木がその奇怪にこみ入つた枝をまだ明みの多少残つている中空に張つていた。静かだつた。そして、何もすることがなかつた。右手の方には、つけ放しのまゝになつている台所の電燈が戸口から斜めに、風呂場へ通じる三和土たたきの上に一種きは立つた明さで流れていた。そこだけが不思議と生き生きして見えた。そして、その明りは突きあたりの風呂場の煤すゝけた壁にうすぼんやりと反映し、その横手の納屋の軒先を浮かばせ、他はたゞ暗い外気の中にぼやけ遠のいていた。
感心したやうに呟くと、房一はくるりと向ふむきになつて歩き出した。
その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。
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