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「や、皆さんどうも遅くなりまして――」
盛子は妊娠していた。
「さあ、どうぞ。ずつとお通り下さい」
「眼が潰つぶれちまふ――ねえ、先生」
見る見る癇癪かんしやくを起しさうになつた練吉は、その時ふと或ることを思ひ出して黙つた。
一息に話してしまふと、喜作は依然としてさつきのまゝの姿勢で、いかにも気持よささうに、あのごつごつした、年に似合はず毛のうすい頭をむき出しに日にさらし乍ら、遠く河下の方に開けた空と、その下に低く横はつている丘陵地に目を放つていた。
「先生!」
道平が口をうごかせるまでには随分手まどつた。
「畜生、弱い奴だ」と、根津は笑った。
「さうだ。大したことはない」
それつきりだつた。相沢からはその後何とも云つて来なかつたし、又向ふから来もしなかつた。けれども、訴訟のことは、たとへその日の相沢の気振りだけだつたにもせよ、房一が進んで聞きたい話ではなかつた。房一は、相沢といふ男からは、極端にむら気な、何か容易に手につかめないもどかしさを感じていたが、同時に、一脈の執拗さを受けとつていた。それだけに、競馬場でのあのくるくると廻るやうな、速い、曖昧な云ひ残しが、ふしぎに印象を残していた。
「あの、さきほど往診に出かけましたさうで」
「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」
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